マリインスキーバレエ鑑賞記

11月28日(土)、11月30日(月)、12月5日(土)と贅沢にも、マリインスキーバレエの日本公演、3演目を見てきました(いずれも貧民席・・・)於:上野の東京文化会館。

11月28日は「愛の伝説」音楽:アリフ・メリコフ 振付:エリー・グリゴローヴィチ
不治の病で余命幾ばくも無い妹の事を悲しく思った女王が、僧と取引をし自分の美貌と引き換えに彼女の命を救う。しかし、自分の密かに愛する男性と妹が恋仲になった事を知り激怒した女王は、男に山で水路を開く労役を命ずる。しかし、彼無くしては生きていけないという妹の懇願で、山を下りるように説得をしに行った女王と妹は、山で民衆の支持を得て水路を開く事に希望を見いだした彼を諦めることにし、山を降りてゆく・・といった内容。前半の兄弟愛やら恋の与太話みたいな設定が、後半の民衆の希望をかなえる力強い男性みたいな展開で見事に吹っ飛んでしまうという、如何にもソビエト共産党が喜んだであろうストーリー展開。音楽もほぼ大衆迎合的に見事に単純化された反知性主義(?)的印象が強いもの。1961年初演のこのバレエは、ある意味社会主義的リアリズムの模範的な作品なのかもしれない。振り付けも群舞が中心で特にみるべき点もないもの(のような気がするが、この辺はあまり詳しくない・・)。まあ、個人的には社会主義的リアリズムは、ハリウッドへの一本道である事が理解できた事と、他の日の作曲家、プロコフィエフとチャイコフスキーがいかに素晴らしい作曲家であるかを再認識できた事が最大の収穫かもしれない。

11月30日 「ロミオとジュリエット」音楽:プロコフィエフ 振付:ラブロフスキー
仕事の関係で、会場入りがギリギリだったので幸運にも1F席の後ろに通された。バレエのの様に水平視線でみなければジャンプの高さも判らないような演目の場合、5F席の様な高所からの鑑賞は致命的だし、ピトからのオケの音も直接音が多くなって少々バランスが悪いので、通常の音楽会よりもバレエの公演は貧民席の貧民度はより高く、今回の1F席への移動はとってもありがたい話なのであった。雑務から芸術の世界に突然飛び込んだ事の落差は、芸術鑑賞上の評価値を上げる効果があるのか(?)、何からな何まで美しく感じられるのだけど、まあ「愛の伝説」を見た後なのでっていうのもあるのですがね・・。1938年初演のこのバレーも、当初はハッピーエンドにさせられたりとか色々あったようですが、今回の振り付けは初演時のものでエンディングは通常の悲劇。作曲家と密接に議論をしつつ行った演出の為か、音楽とバレエが一体になったドラマ性が際立った内容で、音楽や音響も多彩だが統一性も持つ、ある意味高度な劇音楽作曲家としてのプロコフィエフの腕前の凄さとを見せつけられる事になった。振り付け師の非凡さと共に。

12月5日 「白鳥の湖」音楽:チャイコフスキー 振付:プティパ、イワノフ
「白鳥の湖」も調べてみると初演は4幕ものだったのが現在は3幕になっているものもあったり、王子と白鳥(オデット)が2人とも死んでしまう悲劇(初演)、魔法が解け2人で幸せに暮らす、2人は永遠の世界(天上)に旅立ってゆく・・等色々あるようで、チャイコフスキーが作曲時に想定したものとは相当異なる使い方をしている曲もあるのではないかと想像する。この日の演出は3幕物で悪魔を倒してのハッピーエンド。前二演目とはうって変わって客席は満員御礼の様相。バレリーナに興味がある方達にとっては、個人技が遺憾なく披露することが出来るこの演目に対する関心が特に高いのかな?と思った。この日、オデッットを踊ったウリヤーナ・ロバートキナは安定の技術と深い表現力で聴衆を魅了ていた。個人的には以前、バレエフェスティバルで見た彼女の白鳥が、演技というレベルを超えた白鳥に自己同化しているかのような所作の印象が強すぎて、この日はそれほど感動しなかった。しかし、そもそも全幕を踊るのと(黒鳥も踊る訳だし・・)一部を踊るのは力の入り方も違いますよね。

演奏は指揮がアレクセイ・レプニコフ、演奏はマリインスキー歌劇場管弦楽団。指揮は誰かの副指揮でもしているかのような借りてきた猫みたいな指揮ぶり。決め所は当たるも八卦当たらぬも八卦。たまに引っ張ろうとして振るとオケが後から三々五々ついてくる。オケは弦楽器や管楽器(特に金管楽器)の音色が美しく良く響く音。日本のオケがピットに入った時とこうも音が違うか?という位印象が違う。ちなみに同時期に本国ではオペラをやっているようで、オケは引っ越し公演では無く分割公演の様。オケの層が厚いという事の様なのですね。

開演前には楽屋口で散発的にサイン会めいたことも・・・