「ベアトリスとベネディクト」鑑賞記

「ベアトリスとベネディクト」というベルリオーズの最後の大作となった二幕からなる短いオペラを見てきました。(セイジ・オザワ松本フェスティバル)

もともと小澤征爾が指揮する事になっていたこのオペラ、彼の骨折によりギル・ローズという日本ではまったく無名の指揮者が振る事になったわけだが、事前情報ではボストンのオペラで旺盛な活動をしている切れ者の指揮者との事で逆に少々楽しみになったりしていた。シェイクスピアの「空騒ぎ」をベルリオーズ自身がフランス語で台本を書いたというオペラ・コミークは、ベルリオーズの音楽がどこか大作志向的な大仰な作風のイメージのせいか、事前にはイメージがつかみにくかったのだが、聴いてみればとても楽しめる大衆的な作品である。作曲者による台本は、演出のベルシーズがプログラムに書いていたが、”すべてが終わっている所から始まる”(一幕が開くと戦争が終わった所から始まり、エローとクラウディオの結婚は決まっており、二幕が開くと婚礼の宴は終わっており・・)という不思議なリブレットで、劇中ではほとんど重要な話の展開が無い。ストーリーの中心は結婚に否定的なベアトリスとベネディクトが、周囲の画策で愛がないのを確認して結婚するという他愛の無いものだが、意外にもベルリオーズの音楽が多彩で、例えば二幕での婚礼の喜びを歌う合唱や大団円での神聖な表現等、オペラの定番的表現にそったものではあるにしても、台本の単純さをあがなうにあまり有る音楽表現に満ちているのが興味深い。

ギル・ローズの指揮は、日本式の打点、図形がはっきりした現代的な指揮ぶりとも、ヨーロッパ的な先入、早振的指揮法とも違う極めて自然体の指揮ぶりで、オケも序曲からのびのびと演奏している感じ。彼のアイディアかどうかは判らないが、一幕の合唱曲「グロテスクな祝婚歌」で歌われる突拍子もない音程の歌は、原曲を逸脱したほぼ現代音楽的な音の外し様で聴衆の大きな笑いを誘っていた。歌手陣はベアトリスに予定されていたヴィルジニー・ヴァレーズが体調不良のため降板となり、フランス出身のメッゾのマリー・ルノルマンがピンチヒッターをつとめたが、少々声の伸びが悪く固い印象。カーテンコールの際も少々表情が硬かったのは代役の緊張のせいだったのだろうか。ベアトリスを脇で支えるエロー役のリディア・トイシャーとウルスル役のキャレン・カーギルの両歌手が、第一幕最期で歌うノクターン(愛の素晴らしさを訴える)のデュエットは、極めて耽美的な至極の美しさで聴衆を魅了する。他の箇所でもこの二人の伸びやかな声の美しいハーモニーは別格の美しさがあった。道化の楽長役のジャン・フィリップ・ラフォンはこの役自体が判で押したような杓子定規な役ではあるものの、会場を多いに沸かせる好演。合唱のレベルも高く、二幕の袖合唱「遠くからの合唱曲」がとても美しく、静かで敬虔な結婚の祝いの場に美しい花を添えていた。

総じて演奏は起伏に富み、このベルリオーズのあまり知られていないオペラを面白く聴かせていた印象がある。カーテンコールの際に、指揮のギル・ローズよりもサイトウキネンオケの方に大きな拍手があったのは私的には少々不満。巨匠の代役を見事にこなした彼には、大きな拍手を送ってあげるべきと思った聴衆はあまりいなかったのだろうか?

セイジ・オザワ松本フェスティバル
ベルリオーズ:「ベアトリスとベネディクト」
2015年8月27日(木)まつもと市民芸術館
指揮:ギル・ローズ
演出:コム・ドゥ・ベルシーズ
演奏:サイトウ・キネン・オーケストラ
ベアトリス:ヴィルジニー・ヴェレーズ
ベネディクト:ジャン=フランソワ・ボラス