韓国映画「建築学概論」を見る。

 以前、ネットでこの映画の話題が流れているのを見て、ドラマのタイトルとしてはずいぶん固いタイトル名だなと思った記憶がある。特にそれ以上の関心を持つ事も無かったのだが、先日、レンタルショップで偶然このDVDを見つけたので、ちょっと借りて見る事にした。事前知識としては、miss Aのスジが主演してること位だったのだが、じつはドラマではなく映画だったというのも今回初めて知った。他のキャスティングも、スジ以外にハン・ガイン、オム・テウンなど、昨今の彼の国の人気配役陣ではある。何気なく借りたDVDだったが、非常に面白かった。
 いわゆる若い頃の成就しなかった無垢な恋心が、それから何年も経って再び再会した時に、互いが知らないでいた事実が次第に明らかになる事で、嘗ての思いを次第に深めてゆくという、まあ、言ってしまえばありがちな内容では有るのだが、現在から始まるこの映画の時間構造が、現在の注釈としての過去を挿入しつつ展開してゆく、その挿入のタイミングが実に見事なのが特に興味深かいポイントだった。登場人物の背景が全く判らない中、ドラマが始まり、エンディングを迎えた時に、見ている者も全てを知る事になるというこの映画の展開方法は、常に情報欠乏下でドラマ展開を追わされる事になり、勢い、役者の一挙手一投足に目を見張る事となる。その目に十分答えるだけの、無駄の無いドラマ作りをしているのが素晴らしいと思う。例えば、何気ない場面なのだけれど、別れてから15年後に突然スンミン(オム・テウン)の建築事務所を訪れたソヨン(ハン・ガイン)が、自分の家を建てて欲しいと頼む場面。スンミンは会社と言うのはシステムがあって、”いきなり下っ端の私に言われても建てる事は出来ないんだよ”と言った直後にカットが変わって、”上司がいいチャンスじゃないか”と言う台詞とともにスンミンのふて腐れた表情が映る場面などは、この間のやり取りを(ソヨンが上司に掛け合って建築の許可を取りましょうと言って、その通りになったと言うような)、短いカットの中、役者の表情と最小限の台詞で説明しきっているのがいいと思うのだ。ドラマは本来、せりふという言葉の情報の他に、役者の演技(映画やドラマではクローズアップされた表情)という重要な武器を持っている。せりふで説明しすぎるのはドラマの本来持っている特質を放棄する事にさえなる。そう言う意味で、せりふ以外の要素がこの映画の中で重要な役割を果たしているのは、ドラマ作りがよくわかっている監督なのだと思う。
 せりふ以外と言えば、小物もこの映画では重要な役割を果たしている。大学生時代のソヨンが好きな曲だと言って聴かせるときに出てくるCDとCDプレイヤー。スンミンが学生時代にソヨンの為に作った家の模型。これらの小物は、学生時代に重要な意味を持っていたと同時に、それが15年後に再び出てきたときに2人の関係に重要な役割を果たす。こういったものの使い方が、この監督はとても上手いなと思う。

映画を見終わった後、いくつかのサイトを覗いてみた。特にこのサイトが興味深かった。

「建築学概論」は“初恋に関する映画ではない
http://news.kstyle.com/article.ksn?articleNo=1939299

 こういうのを見ると、実際にその国でその時代を経験した人にしか判らないメッセージが、この映画には
込められているのが判る。90年代半ばに大きな経済発展を遂げた韓国は、その頂点の時代において人々の心をも変質させてしまった。例えば、ソヨンは貧しい田舎の環境を忌み嫌い、都会のソウルでの生活を望み、将来は金持ちと結婚して豊かな生活を送る事を、実際に実現しようと考えているタイプの人間だ。彼女は、経済発展によって多くの人が望む事になる、都会の裕福な生活を夢見る者の代表者としての役割を与えられている。スンミンの先輩チェウクは、河北(漢江の北)のことは解らないと授業で教授に嘯くほど、”漢江の奇跡”によって出来た街”江南(カンナム)”の住人である。ソヨンは、心の中では、地味でお金持ちでもない、街の腸詰めスープ屋の息子に心を惹かれつつも、車で大学に通い、家には最新式のパソコンを持つ金持ちの息子にソヨン近づきたいと思っている。この三角関係が、社会的な意味での3種類の人間の暗喩になっている。そう言う意味では、この映画は、確かに恋愛だけの映画として見てしまう事には問題が有るかもしれない。
 しかしそうであっても、この映画の最大の魅力は、変に大きな事件も出来事も起こらない穏やかなストーリー展開と、純粋で無垢な出演者達の恋物語が、無駄の無い研ぎすまされた映画言語で語られている点だろう。
何度も見たくなる不思議な魅力を持った映画である。

映画「建築学概論」予告

「建築学概論」2012年作品 韓国 2013年日本劇場公開作品
http://www.kenchikumovie.com(公式サイト)