「リップスティック」オリジナルサウンドトラック(1999/09/05記)

 「リップスティック」 オリジナルサウンドトラック

     Music and Arrangement:Ryo Yoshimata 他

 

 その演奏を聞くと必ずある心象風景というべき物が蘇って来る・・

そんなレコードが私にはある。それはボロディン弦楽四重奏団の演奏による

ドビュッシーの「弦楽四重奏曲」なのであるが、その演奏を聞くと、何故か

そのレコードを買った冬の夜の、凍てついた街をレコードを小脇に抱え家路

に急ぐ情景が、生々しく蘇って来るのである。例えば、冬の夜の街の空気感、

踏みしめる地面の感触、あるいは雪をはむ音など、それらが個別にではなく、

当時の体験がそのまま一塊に・・とでも言うように。

 音楽とは不思議なものである。人間の古い記憶(しかもそれは本人の意思の

関わらない無意識的な記憶)を見事に再現する契機を与える。音楽は人間の無意

識と強く関わっていることは確かである。

 回り道をしてしまった。その無意識と深く関わっている音楽領域は、映像の為

の音楽であろう。これらの音楽はドラマの内在的な展開を聴覚的な無意識に語り

かけることでその内容を膨らませる事を目的とする。あるいはある場面に特定の

共通な心理背景を与えたり、台詞、映像では語りきれない何者かを視聴者に付与

する、という重要な役割を持っている。そういった意味でこの分野での可能性は

極めて大きいのであるが、商業ベースの音楽は可能性を突き詰めるよりは、

ルーティーンに陥ることを潔しとする。

 さて「リップスティック」であるが、このCDはある種のこだわりを感じさせる

音作りと極めて上質の類型的な音楽によって、面白く聞ける。もしかしたら類型化

は、耳を働かせないための(無意識的に聞かせるための)効果的な方法論なのかも

しれない。だが映像を離れて音楽のみで聞いても長時間は耐えられないだろう。

それは重要なパートが抜かれた未完成な音楽のようでもある。もちろんそれは本来

の聴取の仕方では無いのであるが。
 

    1999/09/05記